フランス雑学

フランス語やその他言語を学ぶときの心構え、考えるべきこと

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我々日本人は外国語に対して憧れに近い感情を持つことがしばしばあります。そして多くの場合それは劣等感と共存しています。一方、マルチリンガルの欧州人にとっては当たり前の話でただの言語です。この差はどこからくるのでしょうか。そして、我々日本人が外国語を学ぶ場合、何を考えて学習すればよいのか、について考えてみましょう。

外国語への憧れと劣等感が共存する我々日本人

長い間、日本における外国語教育はレベルが低い状態が続いています。いまだに日本人にとっては英語ですらマスターするのが難しい状態です。私たち日本人にとって英語(や他の国の言語)ができないことはトラウマのような状態になっていると言ってもいいようなものです。外国語や外国人に対して潜在的な劣等感を抱く場合すらあります。TOEICの国別ランキングでもいまだに下から数えた方が遥かに早いというのが現状です。その反動からなのか、自分の子供に一生懸命英語や外国語を教える教育熱心な親の話はよく耳にします。場合によっては、他のどんなものよりも外国語習得が優先されるべきと考えているとしか思えないような人もまれには存在しているようです。この劣等感は、一たび外国の何かを得られたときに強烈な優越感に早変わりします。某SNSでは欧米系外国人と結婚したことを自慢するようなコミュニティーすら存在します。このように、日本においては残念ながら外国および外国語に向き合う姿勢の中に、憧れ、劣等感と優越感が支配的に存在していることに気づかされます。

仕事ができるできないと外国語能力には何の関係もない

本当に外国語教育は何よりも優先すべきことなのでしょうか。実は違います。筆者が社会人になった頃は帰国子女がもてはやされた時代でした。海外で暮らした、あるいは海外で教育を受けた、などでTOEIC900点台後半の英語が堪能な同僚がたくさんいました。彼らはその英語力を生かして他の人を凌駕して仕事をしていたのでしょうか。私にはそのようには見えませんでした。外国語ができるできないは仕事の遂行能力とは何の関係もないのだ、ということがよくわかりました。外国語ができる、という物差しは仕事の能力とは全く相関関係はありません。もし(英語ができる人=仕事ができる人)ならば、英語ネイティブな人々(アメリカ人やイギリス人、カナダ人、ジャマイカ人など)はすべて仕事ができる人でなければなりません。しかし実際にはそうではありません。

日本人が憧れるマルチリンガルとは育った環境から育まれるもの

よく考えればわかることですが、言葉とはその国の人にとっては当たり前に使えるものであり、ませた子供なら小学生くらいの段階でもう一人前の口をきくようになります。ましてや、大人なら言葉なんて喋って書いて聞くことができて、当たり前過ぎるものです。日本中どこに行こうが、どんな過疎地域に行こうが皆日本語を話します。言語とは当り前で普通なものなのです。つまり、他国の言語というものは何にもまして優先して学ぶことではないのです。何を優先すべきか、もう自明過ぎるとは思いますが、自分のスペシャルティー、学問でもスポーツでもアートでも何でもいいのですが、専門的な何かを習得すること以外にあり得ません。プロフェッショナリズムです。英語や他国の言語がスペシャルティーなんてあり得ないのです。なぜならアメリカ人やイギリス人にとっては当たり前すぎることなのですから。英語のプロというのは存在できるのでしょうか。その答えは日本語のプロが存在できるかどうか、と同じ答えになります。例外的に外国語教師や翻訳業、通訳ということでなら存在することはできます。しかしそれ以上のものにはなりえません。

日本人は外国語に対して劣等感と憧れを併せ持つ人が多い

いまだに日本においては外国語劣等感というものが根強く残っており、過去も現代も、外国語ができる人をやたらと持ち上げる傾向が続いています。何年か前なら帰国子女、最近ならハーフの人達が何か特権階級のような扱いを受けます。英語や英語以外の外国語ができるタレントがいると”Woooo"と言われて礼賛されます。外国語ができるというだけで秀才扱いされます。その反動としか思えないような日本人自身による日本礼賛番組や日本礼賛記事もこの頃多く見かけるようになりました。劣等感は逆に優越感に変わりやすい性質を持っているのです。しかし、なぜ劣等感になってしまうほど日本の外国語レベルは低いのでしょうか。問題はやはり教育制度なのでしょうか。どうもそれだけではなさそうです。地理的な位置関係と歴史や経済的な必然性が大いに関連していると筆者は考えています。

外国語は出来ないにもかかわらず、なぜか街を見回すと外国語風なものが溢れています。デパートに行けばブランド名はたいてい外国語っぽい名前が付いており、何の意味なのかたいていの人には理解できないものばかりです。英語だけではありません。フランス語のようなものもかなり溢れています。J-pop音楽バンドの名前を見れば、和風な名前はほとんどありません。名前が和風なのは「和楽器バンド」くらいでしょう。これも恐らく劣等感、あるいは憧れの現れなのだと思います。

コンプレックス払拭には外国語だけでは不十分

この劣等感と憧れだけで外国や外国語に接すると、大抵失敗してしまいます。結局、モティベーションとしてはとてももろいものでしかないのです。仮に英語をネイティブレベルに話せるようになったとしても、他に何もできなければ日本国内であっても仕事を得る事すらできません。まず必要なのは外国語ではなく、違うプロフェッショナルな何かです。このことをまずはしっかり考えて外国語に接するようにしていかなければなりません。しっかりしたプロフェッショナリズムがあれば、逆に外国コンプレックスなど消えてしまいます。プロフェッショナルな必然性から英語を学んだ人は日本でも多くいるはずです。職業的なスキルがしっかりしていれば、発音や文法が少々変でも何の問題もなく自分の意思を相手に伝えられます。これがしっかりできる日本人にはコンプレックスなど微塵も持っていません。逆に、職業的なスキルが無ければ、せいぜい雑談ができるだけで終わってしまいますので、コンプレックスは永久に続いてしまいます。


欧米の人々、特に北欧系は語学堪能な人が多い

北欧系、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、ドイツの人々は何か国語も操るのが普通です。本当に普通なのです。街の床屋さん、八百屋さんですら、です。彼らにとっては当たり前なことなのです。だからと言って優越感など微塵もありません。仕事の遂行能力とも何の関係もありません。出来ないからと言って劣等感もありません。もちろん仕事上必要な言語が喋れなければそれは不利な状況に陥ります。しかしそのようなケースはまず欧州では見かけることができないでしょう。

欧州では歴史的背景、業務上の必要性、教育システムがまるっきり日本とは違う

もちろん言語的な類似性が欧州言語間には多く存在していますので、そのことは欧州の他国の言語を習得しようとしたときに、彼らにとってとてもありがたいものであるはずです。しかし、それだけではありません。やはり、地理的、歴史的な必然性があるのです。現在ではEU(欧州連合)などにより、欧州の経済圏が過去に比べて諸国密接に関連するようになりました。欧州国境を超えるのにパスポートも必要ありません。当然ビジネス協業も盛んであり、これが必然性となるのです。欧州系の人たちが数か国を操るのは、やはり地理的に近隣に豊富な学習材料があり、かつ言語体系も似ており、かつEU内であれば自由に行き来できるというメリットがあり、そしてビジネス遂行上必要だからに他なりません。欧州系の人達は必要だからそのような教育システムを作り上げたのです。ここが日本との差なのです。欧州人にとって言語の類似性というのは非常に大きなアドバンテージになります。スペイン人にとってはイタリア語は兄弟言語のように聞こえるそうです。ドイツ語とオランダ語、デンマーク語も同様の関係にあるらしいです。余談ですが、韓国語と日本語はかなり類似性があり、韓国の方々は比較的短期間で、ほぼ完ぺきに日本語をマスターしてしまいます。

ロジャー・フェデラーはドイツ語、英語、フランス語を使いこなす

現代の最高のテニス・プレーヤーの一人、ロジャー・フェデラーは3か国語を操ります。ドイツ語、英語、フランス語です。その語学堪能ぶりを示す映像がこちらです。

ロジャー・フェデラーはスイス人であり、スイスの公用語はドイツ語(スイスドイツ語)、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つなので、マルチリンガルであっても何の不思議はありません。しかし、テニスが本職であり、恐らく人生の大半をテニスに費やしてきたと思われるテニス・プレーヤーが3か国語を見事に操るのは日本人的な感覚ではやはり驚きでしかありません。この映像のインタビュアーも同様に3か国語を駆使してインタビューを実施しています。この例が示すように、欧州の人にとっては数か国語を操るのは実に普通のことなのです。欧州人にとってはそれが必然なのであって、必然性があるからこそ実現できることなのです。なお、欧州でもラテン系の欧州人(スペイン、イタリア、フランスなど)は残念ながらあまり語学堪能とは言えません。つまりラテン系欧州人にとっては、他国語を話す必然性がないということなのです。

アメリカ人も実は外国語ができない人が多い

日本と同じようなことが実はアメリカにも言えます。彼らは英語がネイティブ言語で、どんな国際機関や多国籍企業においても英語で仕事ができてしまいます。そして、どこを旅行しても英語だけで事足りてしまいます。だからアメリカ人にとって英語以外の言語はさほど必要のないものなのです。したがって、アメリカ人はお世辞にも外国語が上手であるとは言えません。日本語と英語は国際的な地位では真逆の状況ですが、結果的に両国民とも必然性がないという理由で外国語習得にさほど熱心ではありません。

昨今の日本は国際化が進み、職場に外国人というケースも増えてきました。しかし、日本に住む外国人はこちらが驚くほど日本語が堪能である場合が多いです。したがって、いくら国際化が進んだといっても、日本国内で仕事をするのであれば、外国語のビジネス的な必然性、あるいは生活必然性はいまだに希薄です。この差なのです。日本人にとって外国語は概ね必要のないものなのです。ならば必要がないのだと割り切ってしまえばいいようなものの、しかし何故か日本人には外国語劣等感があります。必要がないからあまり勉強してこなかった、しかし何故か外国語ができないことにコンプレックスを持っている、という構造になっています。ハーフである(親が外国語を話す)ことが理由で、あるいは親の職務的な理由による居住経験により英語以外の外国語ができる人がいれば、羨望の眼差しを向けられます。日本人は残念ながら外国語習得環境弱者なのです。

もし仕事で外国語が必要ならば実用レベルで十分

仕事で外国語が必要となる場合、ほぼ間違いなく必要な言語は英語でしょう。その他言語の場合は本当にその国の一員として働く場合でかなり特殊なケースです。そして、仕事で英語やその他外国語を使う場合は、たいていの場合実用レベルであれば十分です。ネイティブレベルである必要性はどこにもありません。英語以外のネイティブ言語の人が英語で仕事をする場合、発音や文法に多少間違いがあっても何の問題にもなりません。必要なことはビジネス上の意思疎通ができることです。実用レベルならば大人になってから学習を始めても十分到達可能な水準です。だから、外国語は何を差し置いても優先して学ぶべきものと考えるのは間違いです。

外国語は必要になったら楽しみながらやればよい

英語は日本では義務教育の必須科目ですので、誰でも一度はかじったことがあるはずです。ましてや大学など高等教育まで進んだ人なら何年も英語に接していますので、読んで書いて、下手くそでもしゃべる人はそこそこいるはずです。では二つ目の外国語はどうでしょう。大学に入ると教養課程で第二外国語を選択しなければならない場合があります。二つ目の外国語はたいていの人にとってハードルが高くなります。なぜかというと、英語ですらまだしどろもどろの人が多いからです。しかも、大学の第二外国語の講義はかなりの詰め込み教育になります。怒涛の如く文法を詰め込まれます。そしていきなり小難しい文章を読み始めたりします。けっこうこれで嫌気がさす人は多いのではないでしょうか。

しかし本当に二つ目の外国語はハードルが高いものなのでしょうか。先にも述べたように、たかが言語なのです。ネイティブなら小学生でも自由に操れるものなのです。だから決してハードルが高いものではありません。何が問題なのでしょうか。結局日本において外国語習得の必然性があまりないのにやらされてしまうからです。始める動機にもよりますが、もし自分の意思で外国語を始めたのなら楽しみながらやるすべも自然と身に付くものと思います。そうなると話は違ってきます。

外国をその国の言葉で旅することもやり方次第で可能なのです。ただし、もちろん一朝一夕にはいきません。継続的に合理的に学習していく姿勢が必要になります。しかし楽しいことなら誰でも継続できます。外国語ができる自分を想像しながら継続的に学んでいけば決して手が届かないものではありません。英語を話しながらアメリカを旅するのは楽しいでしょう。もしタイ語を喋れたらタイを隅から隅まで旅したくなりますよね。タイ語でタイ人と話せばタイ人がどんなことを考えているのかも理解できるのかもしれません。そういう事を想像しながらモティベーションを維持して継続していけばいいのです。

ある国の言語を習得するにはその国に居住して学習するのが一番近道、それは間違いないです。周りにその国の言葉が溢れますから必然的に言語に接する時間が長くなりますし、なにしろ言葉を理解しないと生活できない、という状況に追い込まれます。当然学習スピートも上ることになります。言語がどうしても必要なツールになるからです。例えばご両親の状況により小さいころからある国に居住する機会に恵まれれば、当然その国の言葉をある程度習得できます。しかし、外国に語学学習のために長期間居住できる、世の中そんな機会に恵まれる人はそうそう多くはありません。

その国に居住しなければ外国語をマスターできないのか、その答えはNoです。そんな必然性はどこにもありません。日本国内ではなかなか日本語以外の言語が日常的に使われている状況はありません。一部特殊なコミュニティー(中華系、韓国系、ブラジル系のコミュニティーなど)は例外となりますが、職場の言語が日本語以外というケースは全くと言っていいほどありません。しかし、それでも外国語習得は可能なのです。要は工夫次第です。

言語習得は帰国子女やハーフだけの特権ではないのです。いや、むしろそういう有利な条件がないにもかかわらず習得できたならそれはとても価値の高いものになるはずです。それならば優越感を持っても違和感はありません。帰国子女やハーフならできて当たり前です。当り前ではないのに習得できたならとても誇らしいものになって当然でしょう。

このブログは外国語習得環境弱者の日本人を応援します

残念なことに、多くの日本人は外国語習得環境弱者です。つまり外国語を習得しようとしたときに周りがそういう環境ではないのです。仕事でもプライベートでも英語だけ、フランス語だけ、という環境はなかなかありません。20%くらいは外国語で仕事をする、という人ならそこそこいらっしゃるでしょう。たいていの日本人にとって外国語は日常的には縁のないものです。

このブログのテーマとしては、そういう恵まれた環境になくても、日本に居住しながら、語学とは関係のない仕事をしながらなんとか自力で語学を学習できないものか、という事を一つのテーマにしていきたいと思います。といってもあらゆる言語を対象とできるほと筆者の語学知識は豊富ではありませんので、私自身の経験を交えながらお話しできるように、対象言語をフランス語にしたいと思います。恵まれた環境になくても工夫をしながら地道に学習を続けて、いつかは何とか喋れるようになってやる、そんな思いを持つ人を応援するブログにしたいと思います。

一番大事なこと、それは楽しみながらやることです。楽しくなければ何事も継続できません。まずは自問自答してみてください。もしあなたの外国語学習理由が劣等感や羨望、義務感がモティベーションならば習得できる可能性は低いでしょう。楽しくて仕方がないからやっている、これならば習得はもう約束されたようなものです。

 

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